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EXILE12 EXILE13 EXILE番外編 ラブマシンガン
1 
 「完成だ」
 俺は、額に滲む汗をこぶしでぬぐった。
 真っ暗な研究室の壁に、いくつものホログラフィレイヤが浮かんでいる。四方八方に引き延ばされた俺自身の影が、わずかにゆらめいていた。
 試験体とのシンクデータをグラフ表示しているレイヤだけが、めまぐるしく赤や青や紫に色合いを染め変えている。大丈夫、すべて許容範囲内だ…。
 腹の底から、おかしみがこみ上げた。
 俺は、トイレに行く以外は100時間ほど座り続けたボロ椅子の背もたれにぐっと身を預けて、モニタレイヤを見上げながら、大声で笑った。
 涙が出るほど、笑い転げる。
 ついに、完成だ。完成したのだ。
 俺をバカにしたジョアンも。「デニス、男は頭じゃない、ここだ」とかいいながら、俺の股間を蹴り上げてくれたアシュリーも。どいつもこいつも…。

 考えるだけで、背筋がゾクゾクする。
 奴らのプライドを粉々にしてやれる。
 そのためなら…俺自身が、現実世界から消え失せてもかまわなかった。

 俺は、入念に身体を洗ってから、この日のために準備したカプセルに潜り込んだ。自動的にスイッチが入る。羊水とおなじ成分、体温と同じ温度に保たれた液体が、カプセルに満ちていく。脳波、生体磁波、ゆらぎ位相、全て正常。俺は、俺自身をモニタするデータを確認しつつ、ローカルアクセスからスタンダードアクセスへと移行した。
 <すべて順調です>
 俺が、どろどろに溶けていく。
 全ての元凶…俺自身。
 俺は、今までの俺は、もう、死んでしまうのと同じだけれど。
 これからは…そう、これからは。

 自分自身の細胞がばらばらにほどかれ、あばかれ、ひとつひとつを顕微鏡で覗かれ、解剖され、つまみあげられてより分けられるのを感じる。
 アンダーグラウンドネットワークで手に入れた、超美形男性モデルの体細胞。その塩基配列を解読し、俺自身の遺伝子情報を直接、書き換える。28日もの間、俺は、俺自身の身体が溶け込んだ有機スープの中に、まるで原始のアメーバにでもなったような気持ちで浮かんでいた。
 俺はもう、チビのデニスじゃない。
 アメーバだった今までの俺。
 ゾウリムシだった今までの俺。
 ミジンコだった今までの俺。
 脊椎動物に進化する、新しい俺。
 海を泳ぎ渡る流線型の身体を持つ、新しい俺。
 そして、陸に上がり、空気を吸い込む、俺。
 
 身体。顔。頭脳。
 最高にクールな、もう一人のデニス。それが、新しい俺だった。

 
2 
 「ねえ、あの人、だれなの」
 そんな声が聞こえるたび、俺は、素知らぬ顔で煙草を吸う。今ではもう、女どもの声さえ、うっとうしく感じられる。どこへ行っても、どんなだらしない格好でいても、どんなにひどいことをしても。それは、変わることなく、続く。
 「ねえ、デニス。もしよかったら…」
 オープンテラスにいた俺を、ノースリーブの女が誘いに来た。
 記憶が、いくつかのシーンを蘇らせる。
 大学にいたとき、この女の後ろを歩いていただけで、ストーキングしたとか何とか言いがかりをつけられて危うく訴えられそうになったことがある。どうにも鼻持ちならない、自意識過剰なフェロモン女だ。
 俺は、鼻に乗せていたサングラスをわずかに下げて、女を見上げた。
 「何だ」
 女は顔を朱に染めた。
 「ここ、座ってもいい?」
 「場所を変えよう」
 俺は立ち上がった。
 女はわずかに顔色を変えて、一歩、あとずさった。
 「なに、それ、どういうことよ」
 「いやなら、ついてこなくてもいいんだぜ」
 俺はにやり、笑ってみせた。
 バイト先の客からプレゼントされた車に乗り込んで、スタートさせる。別に、どこへいく気もない。適当にフラフラと走り、人気のない路地に停める。
 「ねえ、どこへ行く気なの…?」
 女は不安そうにつぶやいた。俺はサングラスをむしり取る。
 「分かってんだろ。こんなところに停めて、男と女で。やることは一つさ」
 女は、顔色をかえ、手に持ったバッグをまるでガードするかのように、胸元へ引き寄せた。それが、タンクトップからのぞく胸の高まりをさらに強くすると分かっているくせに。
 そういう生き物だ、女は。
 俺は、女の手からバッグをつまみ取って後部座席へ放り投げ、そのまま、手を入れて、倒れ込む。

 熱っぽく潤んだ女を乗せたまま、俺は夜を駆けめぐった。
 最初の頃は、こんな生き方が楽しくて仕方がなかった。
 毎晩、適当にうろつくだけで、うざいほどの女が釣れた。どの女も同じだった。
 たぶん、反動、だったんだろうと思う。
 あの、ぞっとするようなデニスだったころ、俺は、女の子と話しただけで真っ赤になったり、何事か失敗してしまうような、そんな男だった。なまじ、「頭だけはいい」みたいなプライドがあっただけ、よけいに劣等感もひどかった。
 だから、どんなにくだらないことをしても、恥ずかしい思いをすることもなければ、痛い思いをすることもない…そういう毎日が始まって、俺は、人間への意識を180度かえてしまったのかもしれない。
 自分が抱えていた痛みを、人も持っているのだ、ということさえ忘れて。

 気が向けば、女を抱く。
 気が変われば、女を捨てる。

 俺の新しい一ヶ月は、そうしてすぎていった。

 
3 
 俺の上に、ジョアンがいる。
 半年前、この女は、俺に、こういった。
 「…あんたみたいなのが、私たちと同じ人間だなんて、絶対信じられない!」
 その女が。

 俺は、まるで子猫みたいに身体を丸めるジョアンを見つめ、その肩をなでながら、煙草を吸った。
 「デニス…愛してるわ」
 不安なのだろうか。ジョアンは、何度もそう言った。まるで、俺の口からも、同じ言葉を返してもらいたいかのように。
 俺は、返事をしない。
 そのかわり、もう一度、ジョアンを仰向けさせる。ジョアンはくすぐったそうに身をよじらせて、笑った。
 「あん、もう、いいでしょ…?」
 俺が、あのジョアンを汚している。才女だったジョアンを、誰よりも最先端を突っ走っていた女を。…タダの女に引き下げてしまった。
 それが、俺の心を暗くさせている。
 俺自身は何一つ変わっていないはずなのに。いや、違う、俺は、もう、俺じゃない。顔も、身体も、たぶん、心も、前とはまったく違うデニスだ。なのに、なぜ、こんなにも引け目を感じなければならないのだろう…。
 それを打ち消すためには、ジョアンを汚すしかなく、それが、なおいっそう、俺自身を厭わしい気持ちにさせていた。
 「ねえ、デニス」
 ジョアンは、ふと、眼をあけて言った。
 「私、変なウワサを聞いたの。あなたが本当は誰なのか」
 俺は、ぎょっとして、身体の動きを止めた。
 「本当は…?」
 「そう」
 暗闇の中で、ジョアンの青い瞳が、まるでガラスのように透き通って見えた。
 「あなたって、不思議な人よね。誰もあなたのことを知らない」
 …それ以上、口にして欲しくない…。
 俺とジョアンは、息をすることもできないほど、熱く、肌を触れ合わせた。
 「…でも、そんなはずはないよね…いくらあのデニスでも…まさか…」
 気づいたとき。
 俺は、ジョアンの身体を、めちゃくちゃにしてしまっていた。

 青黒い無数のアザにとりつかれたジョアンの身体を見下ろしながら、俺は、泣き続けていた。
 怖かった。恐ろしかった。
 もう一度、あのデニスに戻る…? もう一度、卑屈な虫以下の思いをする…?
 いやだ、いやだ…そんなのは、絶対に…いやだ…!

 だが、現実は、ジョアンの身体と同じぐらい冷たく、俺の前に立ちふさがる。
 どうすればいい…どうすれば…。
 ジョアンが死んだということになれば、必然的に、「デニス」である俺に疑いがかかる。やがて、俺の持つすべての身分証明がウソであることがバレ、俺は、自分が何者であるかを、社会と警察の前に公表せねばならなくなる…。

 俺は、もう、あのデニスなんかじゃない…!
 そのときだった。
 俺の頭に、ぞっとする声を悪魔が囁き込んだのは。

 俺がデニスでなく、この死体がジョアンでなければいい。

 俺は、車にジョアンの死体を詰め込み、地下の研究室へ駆け戻った。
 長い間、ほったらかしにしていたあの地下室。
 俺は、ジョアンの死体を血反吐まじりの有機スープに変えた。そして、俺自身もその中へ溶け混じった。頭の中で笑い続ける悪魔の声を聞きながら、俺は、ジョアンでもなく、デニスでもなく、他の誰でもない別の何かへ、自分が作り替えられていくのを、おびえながら待ち続けた…。



 …俺は、見知らぬ女になっていた。
 
 外見は、いちおう、完全な女に見えた。顔も、ジョアンと、新しいデニスの中間。まずまず、というか、かなりの美貌を保っている。どうやら、ジョアンの遺伝子が強かったようだ。
 とにかくシャワーを浴びて、人間らしい気持ちを取り戻す。
 女の身体というものが、こうも心許ないとは思わなかった。なぜか、急に、不安がこみ上げた。男ならともかく、女になってしまっては、これからどうすればいいのかさえ…。

 だが、殺人犯として刑務所で野垂れ死ぬよりはましだ。
 「ジャニス」、そう名乗ることにして、地下室をあとにする。
 
 だんだん、自分が、本当は誰なのか、分からなくなってくる。「デニス」なのか、「デニスだった男」なのか、それとも「ジョアンだった女」なのか…。
 ジョアンとデニスの事件について、調べようと思っても、どうすればいいのかさえ分からなかった。ニュースはそんな一ヶ月近くも前の失踪事件など、いまさら手がけてはくれない。だが、どうやら、警察はまだ、何の手がかりもつかめていないどころか、本当に事件性があったのかどうかさえ、疑っているようだった。
 自分の形を確かめたかった。
 誰でもいい。
 「ジャニス」と呼んでくれさえすればよかった。
 なのに、なぜ、あのドアをノックしてしまったのだろう…。

 「ジャニス」
 もしかしたら、気づいて欲しかったのかも知れない。デニスとジョアンの血が入り交じる自分の臭いに。
 なのに、アシュリーは、何一つ、気づいてくれなかった。
 それどころか、メル友を頼って家出してきたというウソを真に受けて、泊めてやるとさえ、言ってくれた…下心はミエミエだったけれど。自分も、そういうことをしてきたから。
 「分かるよな?」
 「うん」
 男に抱かれるのは初めてだった。初めて知った、男の味だった。

 何だか、後ろめたい。
 アシュリーが、こんなにいいヤツだったとは知らなかった。
 いつも、さげすむような眼で見られていたから…。
 しばらく、一緒に暮らすうちに、何となく、愛されているような気になってくるし。
 馬鹿な女、カワイイ女を演じていれば、たぶん、一生、アシュリーは気づかない。
 だが、一歩、外に出ると、「ジャニス」である部分は溶けて消え失せ、俺自身に戻る。媚びたような目線をやめ、険しい眼を四方へ配りながら、息を殺して、歩く。
 俺は、俺だ…「ジャニス」には、埋もれたくない。
 もう、戻れなかった。
 げらげら笑いながらマシンガンをぶっ放し続ける、頭のおかしい兵隊のように。
 何もかも、自らの手で終わらせてしまいたかった。

 「好きだよ、ジャニス」
 …その声が好きだった。
 「愛してるよ、ジャニス」
 …その吐息が、身体を震わせた。
 「ずっと、一緒にいてくれ」
 …その言葉が、俺を狂わせた。

 逃げ出したい。
 「ジャニス」から、アシュリーに求められるだけの空っぽな身体から。俺自身のいる場所がない身体から。
 あんなに憎んだ男を、こんなにも愛してしまったから。

 「…ああ、ずっと一緒だ、アシュリー」

 もう、他に行きつくところはなかった。
 溶け合う身体と心。どこまでも熱く、怠惰に続く海。
 波に揺られて、打ち寄せあって。求めて、絡めて、満たし合って。
 どこまでも。どこまでも。



 俺は、また、男に戻った。
 …白状しよう。正確には、完全な男じゃない。
 身体のほとんどは、男だ。でも…。

 「アニー…どうした?」
 身を寄せる相手は、低く、優しい声で俺を呼ぶ。いつか、こいつの身体も俺と一つになるときが来るのだろうか…そう、思うこともある。
 でも、今は、とりあえず、自分に満足している。もしかしたら、幸せなのかも知れない、とさえ思う。
 ジョアンも、アシュリーも、俺とともにあるのだから。

【完】
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